1949年に回答を控えた発言
1949年の国会会議録から、回答を控える旨の発言を集めた一覧です。答弁だけでは何を聞かれて黙ったのか分からないため、質問と対で表示しています(質問を特定できなかったものは、その理由を書いています)。
本サービスでは、国会会議録に含まれる特定の表現をもとに、回答を控える旨の発言を機械的に集計しています。「回答を控えた」と判定された発言が、実際に回答拒否を意図したものとは限りません。
1949年に回答を控えた発言は全30件(1〜20件目を表示)
日本社会党
この発言は政府側の答弁ではないため、対応する質問はありません(質疑する側の発言がキーワードに一致したものです)。
民主自由党通商産業政務次官
民主自由党大蔵大臣
民主自由党通商産業政務次官
民主自由党農林大臣
民主自由党農林大臣
民主自由党農林大臣
民主自由党労働大臣
民主党通商産業大臣
民主自由党内閣総理大臣・外務大臣
民主自由党大蔵大臣
民主自由党
この発言は政府側の答弁ではないため、対応する質問はありません(質疑する側の発言がキーワードに一致したものです)。
緑風会文部大臣
民主自由党
この発言は政府側の答弁ではないため、対応する質問はありません(質疑する側の発言がキーワードに一致したものです)。
民主自由党國務大臣
民主自由党農林大臣
民主自由党建設大臣
民主自由党大藏大臣
民主自由党
この発言は政府側の答弁ではないため、対応する質問はありません(質疑する側の発言がキーワードに一致したものです)。
答弁 前田郁(民主自由党)
(前略)
…会社ができるのだろうかというお話で
ございますが、これは大体できるので
はないな、私もはつきり
お答えできませんが、まあできると思
うのでございます。
それから衆議院の修正の箇所でござい
ますが、兼職の問題で運輸審議会の委…
(後略)