統計
総発言数—
高山秀夫の指標ごとの累計の回数・割合・順位| 指標 | 回数 | 割合 | 順位(回数) | 順位(割合) |
|---|
| 回答を控えた | 0回 | — | - | - |
|---|
| 記憶になかった | 12回 | — | 89位 | 100回未満 |
|---|
| 検討すると答えた | 0回 | — | - | - |
|---|
割合は総発言数に占める割合。順位は同じ指標の累計ランキングでの順位。「-」は記録が無く順位が付かないこと
年別
高山秀夫の年別の発言数と、指標ごとの回数・割合・順位| 年 | 発言数総発言数 | 指標 | 回数 | 割合 | 順位(回数) | 順位(割合) |
|---|
| 1950年 | 277回 | 回答を控えた | 0回 | 0.0% | - | - |
|---|
| 記憶になかった | 12回 | 4.3% | 3位 | 7位 |
| 検討すると答えた | 0回 | 0.0% | - | - |
同じ氏名の別の記録
このサイトは「氏名・会派・役職」が同じ発言を1つの記録としてまとめています。立場が変わった期間は別の記録になるため、高山秀夫さんの記録が下のページに分かれていることがあります。同姓同名の別人は区別できないため、別人の記録が混ざっている場合もあります(集計の単位について)。
記憶になかった発言一覧(すべて)
衆議院・考査特別委員会
1950年4月10日・第7回国会・発言順序 42
答弁高山秀夫ハバロフスク地区引揚者
発行部数は全然私たち記憶にありません。
衆議院・考査特別委員会
1950年4月10日・第7回国会・発言順序 92
答弁高山秀夫ハバロフスク地区引揚者
そういうことは記憶にありません。——いろいろなやじが飛んでいますが、私たちがせわになつて帰るのですから、いろいろとおせわになつた、そうして今後とも友誼のためにやつて行こうという、そういう感謝文なんです。
(後略)
衆議院・考査特別委員会
1950年4月10日・第7回国会・発言順序 117
答弁高山秀夫ハバロフスク地区引揚者
その当時の記憶では、とにかく載つたということはありますが、どこから載つたか、自分は記憶がありません。
衆議院・考査特別委員会
1950年4月10日・第7回国会・発言順序 123
答弁高山秀夫ハバロフスク地区引揚者
大体載つたという記憶はあるのですが、どこからどういうふうに載つたか記憶がありません。
衆議院・考査特別委員会
1950年4月10日・第7回国会・発言順序 135
答弁高山秀夫ハバロフスク地区引揚者
(前略)
…編集には関係ないので、非常に帰還のために忙しかつたし、どういう論文が載つておつたか、大体党創立記念日に論文が載つたということは考えられるのですが、どういう内容であるかということは現在記憶にありません。
衆議院・考査特別委員会
1950年4月10日・第7回国会・発言順序 139
答弁高山秀夫ハバロフスク地区引揚者
記憶にありません。
衆議院・考査特別委員会
1950年4月10日・第7回国会・発言順序 142
答弁高山秀夫ハバロフスク地区引揚者
(前略)
…に関係しておりました。ですから新聞にどういう論説が載つたか——今写真を見て思い出したのですが、党創立記念日のときに論文が載つたという記憶はあるのですが、その内容については現在記憶にありません。
衆議院・考査特別委員会
1950年4月10日・第7回国会・発言順序 150
答弁高山秀夫ハバロフスク地区引揚者
何も記憶にございませんし、思い当ることはございません。
衆議院・考査特別委員会
1950年4月10日・第7回国会・発言順序 152
答弁高山秀夫ハバロフスク地区引揚者
プロレタリア的な勇気と革命的な人生観の徹底という見出しは今思い出しましたが、その内容に至つては記憶にありません。
衆議院・考査特別委員会
1950年4月10日・第7回国会・発言順序 194
答弁高山秀夫ハバロフスク地区引揚者
捕虜問題が書かれておつたと思うのですが、今はつきり記憶しておりませんから、お持ちでしたら参考に見せていただけば思い出します。
衆議院・考査特別委員会
1950年4月10日・第7回国会・発言順序 285
答弁高山秀夫ハバロフスク地区引揚者
(前略)
…、三百名から五百名ぐらいの收容能力を持つた病院で、ソビエト側の軍医が十数名と、日本側のそれに手伝いする軍医たちも相当数おつたように記憶しますが、何名ということは現在記憶しておりません。衛生施設は非常に清潔、整頓がよく行き届いておつたようにわれわれ考えております。
衆議院・考査特別委員会
1950年4月10日・第7回国会・発言順序 334
答弁高山秀夫ハバロフスク地区引揚者
書いたようにも記憶しておりますが、一応その原文を見せていただきたい。……革命的な警戒心ですか、政治的な警戒心を旺盛にせよという論文は書いたように記憶しますが、その内容は今記憶にありません。