金子敬通
所属・役職は1949年時点の記録です
所属-
役職日本製鋼株式会社廣島製作所労働組合第二組合長
統計
総発言数—
金子敬通の指標ごとの累計の回数・割合・順位| 指標 | 回数 | 割合 | 順位(回数) | 順位(割合) |
|---|
| 回答を控えた | 0回 | — | - | - |
|---|
| 記憶になかった | 10回 | — | 137位 | 100回未満 |
|---|
| 検討すると答えた | 0回 | — | - | - |
|---|
割合は総発言数に占める割合。順位は同じ指標の累計ランキングでの順位。「-」は記録が無く順位が付かないこと
年別
金子敬通の年別の発言数と、指標ごとの回数・割合・順位| 年 | 発言数総発言数 | 指標 | 回数 | 割合 | 順位(回数) | 順位(割合) |
|---|
| 1949年 | 158回 | 回答を控えた | 0回 | 0.0% | - | - |
|---|
| 記憶になかった | 10回 | 6.3% | 4位 | 4位 |
| 検討すると答えた | 0回 | 0.0% | - | - |
記憶になかった発言一覧(すべて)
衆議院・考査特別委員会
1949年8月5日・第5回国会・発言順序 929
答弁金子敬通日本製鋼株式会社廣島製作所労働組合第二組合長
(前略)
…が発表されたということを執行部よりわれわれ職場に傳達があつたわけであります。しかる後において自治的サボに入れという組合よりの指令がありました。それから三日でしたか四日でしたかはつきり記憶しておりませんが、今後の首切りに対する運動方針を決定するために大会をいたしました。この大会の席上におきまして首切り絶対反対という運動方針を決定いたしました。その大会の席上におきましては全金…
(後略)
衆議院・考査特別委員会
1949年8月5日・第5回国会・発言順序 937
答弁金子敬通日本製鋼株式会社廣島製作所労働組合第二組合長
廣船、國鉄、電鉄、縣教、坂発電、朝連、大体このくらいしか私は記憶しておりません。
衆議院・考査特別委員会
1949年8月5日・第5回国会・発言順序 941
答弁金子敬通日本製鋼株式会社廣島製作所労働組合第二組合長
全逓も参つておつたように記憶しておりますが、これは私も自分の職場を支配しておりましたから、あまり記憶しておりません。後には出品の徳山鉄鋼だろうと思いますが、あすこからも來ました。それから三原車両、こういうところも來ました。
衆議院・考査特別委員会
1949年8月5日・第5回国会・発言順序 945
答弁金子敬通日本製鋼株式会社廣島製作所労働組合第二組合長
だろうと思います。はつきり記憶しておりません。
衆議院・考査特別委員会
1949年8月5日・第5回国会・発言順序 953
答弁金子敬通日本製鋼株式会社廣島製作所労働組合第二組合長
私もはつきり記憶しておりませんが、私が聞いた点においては、西村龍三という執行委員が私らに申したと思います。
衆議院・考査特別委員会
1949年8月5日・第5回国会・発言順序 1009
答弁金子敬通日本製鋼株式会社廣島製作所労働組合第二組合長
それは産業防衛闘争という点についてはちよいちよい聞いたことはありますが、覚えておりません。
衆議院・考査特別委員会
1949年8月5日・第5回国会・発言順序 1119
答弁金子敬通日本製鋼株式会社廣島製作所労働組合第二組合長
これは私は中座いたしましてはつきり記憶しておりませんが、大体こちらの状況を調査に來たというようなお言葉でありまして、とくとこちらの状況を中央に反映するというようなお言葉であつたように記憶しておるのですが、これははつきり記憶しておりません。
衆議院・考査特別委員会
1949年8月5日・第5回国会・発言順序 1125
答弁金子敬通日本製鋼株式会社廣島製作所労働組合第二組合長
それは資金カンパ面のみでありまして、大体全金本部並びに産別からも來たように聞いておりますが、はつきり記憶しておりません。
衆議院・考査特別委員会
1949年8月5日・第5回国会・発言順序 1137
答弁金子敬通日本製鋼株式会社廣島製作所労働組合第二組合長
はつきり記憶しておりません。
衆議院・考査特別委員会
1949年8月5日・第5回国会・発言順序 1185
答弁金子敬通日本製鋼株式会社廣島製作所労働組合第二組合長
これは日にちははつきり記憶しておりませんです。