1962年に回答を控えた発言
1962年の国会会議録から、回答を控える旨の発言を集めた一覧です。答弁だけでは何を聞かれて黙ったのか分からないため、質問と対で表示しています(質問を特定できなかったものは、その理由を書いています)。
本サービスでは、国会会議録に含まれる特定の表現をもとに、回答を控える旨の発言を機械的に集計しています。「回答を控えた」と判定された発言が、実際に回答拒否を意図したものとは限りません。
1962年に回答を控えた発言は全49件(1〜20件目を表示)
自由民主党通商産業大臣
自由民主党内閣総理大臣
自由民主党内閣総理大臣
自由民主党外務大臣
自由民主党外務大臣
自由民主党外務大臣
日本社会党
この発言は政府側の答弁ではないため、対応する質問はありません(質疑する側の発言がキーワードに一致したものです)。
自由民主党文部大臣
自由民主党法務大臣
自由民主党法務大臣
自由民主党通商産業大臣
日本社会党
この発言は政府側の答弁ではないため、対応する質問はありません(質疑する側の発言がキーワードに一致したものです)。
答弁 相澤重明(日本社会党)
(前略)
…いと思う。労働争議の中における問題
としてもしあるならば、労働大臣はど
うするか、こういう点も含んで、きょ
うは答弁できませんから、この次の機
会に答弁のできるようにしておいても
らう。相談をしておいてもらう。
そこで、私は最後に、そういうふうに…
(後略)
自由民主党自治政務次官
自由民主党外務大臣
日本共産党
この発言は政府側の答弁ではないため、対応する質問はありません(質疑する側の発言がキーワードに一致したものです)。
答弁 志賀義雄(日本共産党)
(前略)
…なくともそれは調べてきてここで答弁
なさるのが当然じゃありませんか。二
カ月も前のことをここに来て
答弁できませんじゃ通用しませんよ。
これをはっきりすることが、あなた方
局長並びに次長としての職務なのでし
ょう。お調べになりましたか。
自由民主党外務大臣
自由民主党外務大臣
自由民主党通商産業大臣
自由民主党外務大臣